35年間で72回の渡航を重ね、中国全土約300ヶ所を歩いた旅人です。ネット黎明期の1997年から中国旅行情報を発信し続け、現在は「中国旅行ドットコム」を運営しています。読者の皆さんからは通称「旅人さん」と呼ばれています。

なお、ハンドルネーム「旅人@中国旅行一筋30年」の「30年」は活動開始当時の表現を引き継いでいます。実際の渡航歴は35年に及びます。

旅人@中国旅行一筋30年 活動概要
渡航歴 1991年〜現在・35年間・72回・訪問先約300ヶ所(チベット以外の全30省市自治区)
情報発信歴 1997年開始・一時休止を経て2022年再開(HP運営・コミュニティ運営を経て、現在はブログ運営)
現在の活動 ブログ「中国旅行ドットコム」運営・旅行会話に特化した中国語指導(7年以上)

ネット黎明期の1997年から続く私の旅と情報発信の軌跡、そして「個人旅行者として新聞記者の実績を超えた」背景について、改めて自己紹介させていただきます。

信念は「現場の一次情報」にあり

旅人@中国旅行一筋30年

旅人@中国旅行一筋30年

私の活動の根底にあるのは、徹底的な「現場主義」です。新聞記者が社費で取材する範囲を、私は一人の旅人として、35年の歳月と私費を投じて歩き抜いてきました。

ネットにあふれる二次情報ではなく、自らの足で稼ぎ、五感で確かめた情報を届けること。この「一次情報へのこだわり」こそが、私の発信するノウハウの源泉です。

300ヶ所の現場で積み上げた膨大な実体験をベースに、変化の激しい「今の中国」を旅するための真実を綴ります。

1997年から続く情報発信への情熱

私の活動の始まりは遡ること1997年。インターネット黎明期から約15年間にわたり、中国旅行に関するノウハウをホームページ形式で情報発信したり、中国旅行者のためのコミュニティ運営を牽引してきました。

一時期のブランクを経て、2022年に再び活動を再開。35年にわたる渡航経験と、20年に及ぶ情報発信のキャリアを掛け合わせ、最新の中国旅を多角的に分析しています。

【中国旅行に関する情報発信の歩み】

1991年
中国旅行開始(初渡航から現在まで72回)

1997年〜2012年
WEB「中国旅行連絡網」・「中国旅行情報庫」での情報発信、旅行コミュニティ運営(15年間)~ 黎明期の中国個人旅行情報発信の基盤を構築

2022年〜現在
ブログ「中国旅行ドットコム」開設 ~キャッシュレス事情やコロナ後の渡航ノウハウを発信

WechatPayやAliPayといったキャッシュレス決済方法や空港で一泊する方法など、皆さんの中国旅行に役立つ、コロナ後の最新の中国旅行事情に対応したホットな記事を発信しています。

これまでの旅では、様々な発見や出会い、トラブルなどがあり得られた旅のノウハウはたくさんあります。私の旅自体にその要素が詰め込まれいると言って過言はありません。

中国旅行に関する様々な疑問に回答

個人からの投稿を受け付けていたころの「地球の歩き方」のような、読者からの質問のやりとりや投稿を重んじるサイトを目指しています。

2023年秋に開始した取り組みですが、これまで質問が約390件来ており、様々な問題の解決をお手伝いしてきました。
【関連ページ】質問フォーム

35年間の旅行実績

私は1991年から2026年まで中国の31の各省・直轄市・自治区のうち、チベット自治区を除く30省を踏破しました。

訪問実績が客観的にどの程度のものか?

では、「30」という数字がどれくらいのものなのか、例を示してみましょう。

西日本新聞社の坂本信博記者は2020年8月~2023年までの3年間、中国総局長(北京特派員)として、中国駐在中の訪問回数が記されています。

実際に3年間で、中国本土の全31省・自治区・直轄市のうち、外国人記者の立ち入りが厳しく制限されたチベット自治区を除く30省・自治区・直轄市をすべて訪れ、のべ114都市を踏破して記事を書いた。

「三国志を歩く 中国を知る」著者紹介(2024年11月出版)

「取材」ですので、新聞社の経費で仕事の一環として訪問しているということです。

一方、筆者(旅人@中国旅行一筋30年)は9割方はプライベートの旅行で有給休暇や祝日、年末年始の休みなどを利用して、4日~11日程度の旅行を70回ほど繰り返して、35年かけて、30省・直轄市・自治区約300都市を訪問という数字が積みあがりました。残すところ、ひとつのみです。

数字で見た筆者の旅行歴

  • 最初の訪問年~最後の訪問年までの期間 35年間
  • 中国渡航(旅行)回数 72回
  • 年平均渡航回数 2.05回
  • 延べ滞在日数 550日
  • 訪問済省数 30省市自治区(チベット自治区以外)
  • 踏破した訪問先 298ヶ所
  • 1回平均滞在日数 7.6日
  • 特典航空券利用回数 47回
  • 総利用マイル数 905,750マイル(大半はANA)

30年以上時間をかけて、私費をいくら投じたかは記録を整理しないと分らないくらいです。

ようやく、新聞記者が訪問した「30」に肩を並べることができました。訪問地数ではダブルスコアで上回っています。

省・直轄市・自治区別 延べ訪問数

地図を見ていただきますとイメージできるかと思いますが、中国には31省・直轄市・自治区があります。

国土交通省国土政策局「各国の国土政策の概要」中国
資料:(一財)日本開発構想研究所において、中華人民共和国民生部編「行政区画簡冊」を元に作成

延べ数での計算ですが、訪問した省、直轄市、自治区別の旅行中に訪問先は、省別ですと30省延べ123回の訪問歴です。

エリア 省・市 合計 91-00 01-10 11-20 21-26
東北黒龍江3-21-
吉林422--
遼寧312--
華北河北4211-
天津4-31-
北京132812
山西2-11-
内蒙古4211-
河南211--
山東312--
華中江蘇1018-1
上海122811
浙江3-111
安徽2--11
湖北522-1
江西3--12
華南湖南51211
福建5-212
広東5131-
広西2-2--
海南2-11-
西南四川4121-
重慶4-3-1
貴州2-1-1
雲南41111
チベット0----
西北陝西5221-
寧夏2-11-
甘粛2-11-
青海1-1--
新疆3111-
合計 123 23 65 20 15

北京や上海は経由地として度々訪れています。北京は安宿を探すのが困難なので最近は空港経由のみが多いです。上海は2024年にこぎれいなドミトリーのある安宿や郊外のビジネスホテル的なところに泊まったりするなど、滞在しやすい町です。

チベットは個人で行くのにハードルが高いので時期を見て行きたいんですが、コンプリートまであと少しです。

年代から見た訪問回数

35年にわたる中国渡航の軌跡を「訪問回数」という指標で振り返ります。

2000年代には中国の経済発展の姿を見るためにに精力的に各地を巡りましたが、2020年代に入り新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による渡航制限が数年間に及んだため、一時的に回数が落ちました。

年代別訪問回数

1990年代 15
2000年代 37
2010年代 16
2020年代 4
合計 72

制限解除後、ビザ取得が必要でしたが、短期滞在はビザ免除になる施策が復活して、現在は、再び新たな記録を積み上げている最中です。

地図で見た中国 ~300の訪問地~

こちらの地図には訪問先をおとしました。クリックすると画像が拡大できますのでご覧ください。

1991年~2026年の35年間72回の中国旅行の足跡を地図におとしました
1991年~2026年の35年間72回の中国旅行の足跡を地図におとしました

特に四川省は日本と同じくらい広く、訪問地は1/10に当たる20ヶ所以上になりました。地図は拡大可能で、各省・市・自治区・特別行政区の中でどの町を訪れたかが一目で分かるようにしました。

訪問先300ヶ所リスト

北京や上海といった大都市はもちろんのこと、各省の中規模の都市、その都市に属する小さい県まで含めて、35年間で約300ヶ所を訪問しました。主要都市の名前や所在地は頭に入っており、現地の人よりも知っているくらいの地理に詳しくなりました。

省別・訪問都市詳細リスト(約300ヶ所)

東北エリア(32ヶ所)
黒龍江省(9ヶ所)
撫遠 / 同江 / 富錦 / 双鴨山 / 大慶 / 哈爾濱 / 漠河 / 呼瑪 / 黒河
吉林省(10ヶ所)
長春 / 吉林 / 延吉 / 和龍 / 二道白河 / 長白 / 十三道溝 / 臨江 / 通化 / 集安
遼寧省(13ヶ所)
瀋陽 / 大連 / 撫順 / 丹東 / 本渓 / 遼陽 / 鞍山 / 営口 / 鉄嶺 / 調兵山 / 葫芦島 / 錦州 / 興城
華北エリア(38ヶ所)
河北省(7ヶ所)
涿州 / 呉橋 / 石家庄 / 正定 / 保定 / 唐山 / 滦県
天津市(1ヶ所)
天津
北京市(5ヶ所)
北京 / 密雲 / 懐柔 / 延慶 / 昌平
山西省(6ヶ所)
吉県 / 壷口 / 磧口 / 昔陽 / 平定 / 井径
内モンゴル自治区(12ヶ所)
包頭 / 呼和浩特 / 赤峰 / 賁紅 / 阿魯科爾沁 / 巴林右 / 寧城 / 額爾古納 / 吉拉林 / 恩和 / 莫爾道嘎 / 扎蘭屯
河南省(4ヶ所)
洛陽 / 信陽 / 平頂山 / 輝県
山東省(3ヶ所)
青島 / 徳州 / 日照
華中エリア(76ヶ所)
江蘇省(9ヶ所)
南京 / 蘇州 / 昆山 / 揚州 / 無錫 / 淮安 / 南通 / 溧水 / 高淳
上海市(2ヶ所)
上海 / 松江
浙江省(11ヶ所)
紹興 / 温州 / 鳌江 / 瑞安 / 衢州 / 龍遊 / 江山 / 金華 / 蘭渓 / 海寧 / 嘉興
安徽省(15ヶ所)
馬鞍山 / 祁門 / 阜陽 / 当涂 / 蕪湖 / 銅陵 / 池州 / 枞陽 / 桐城 / 廬江 / 舒城 / 合肥 / 鳳台 / 寿県 / 淮南
湖北省(14ヶ所)
武漢 / 襄樊 / 宜昌 / 当陽 / 秭帰 / 赤壁 / 武穴 / 蕲春 / 浠水 / 黄岡 / 顎州 / 黄石 / 大冶 / 陽新
江西省(24ヶ所)
南昌 / 景徳鎮 / 鷹譚 / 萍郷 / 宜春 / 分宜 / 新余 / 樟樹 / 豊城 / 新干 / 吉安 / 泰和 / 興国 / 于都 / 寧都 / 石城 / 南豊 / 南城 / 撫州 / 向塘 / 九江 / 瑞昌 / 廬山 / 徳安 / 共青城
華南エリア(67ヶ所)
湖南省(20ヶ所)
長沙 / 岳陽 / 懐化 / 湘譚 / 韶山 / 黄草 / 東江 / 鯉魚江 / 郴州 / 花垣 / 保靖 / 古丈 / 吉首 / 鳳凰 / 麻陽 / 中方 / 洪江 / 会同 / 株州 / 醴陵
福建省(20ヶ所)
厦門 / 永定 / 龍岩 / 連城 / 沙県 / 甫田 / 泉州 / 安渓 / 寧化 / 永安 / 三明 / 仙遊 / 福清 / 福州 / 閩侯 / 閩清 / 南平 / 将楽 / 泰寧 / 建寧
広東省(12ヶ所)
広州 / 清遠 / 英徳 / 連州 / 仁化 / 韶関 / 珠海 / 深川 / 開平 / 広海 / 山咀 / 坪石
広西壮族自治区(10ヶ所)
東興 / 防城港 / 欽州 / 北海 / 合浦 / 陸川 / 茘浦 / 鐘山 / 昭平 / 富川
海南省(5ヶ所)
那大 / 石碌 / 文昌 / 海口 / 定安
西南エリア(55ヶ所)
四川省(24ヶ所)
広元 / 綿陽 / 徳陽 / 綿竹 / 成都 / 攀枝花 / 冕寧 / 九龍 / 康定 / 瀘定 / 雅安 / 邛崃 / 大英 / 色達 / 炉霍 / 道孚 / 八美 / 塔公 / 新都橋 / 越西 / 昭覚 / 金陽 / 宜賓 / 広安
重慶市(8ヶ所)
重慶 / 大昌 / 双龍 / 巫山 / 奉節 / 彭水 / 龚灘 / 秀山
貴州省(6ヶ所)
沿河 / 徳江 / 思南 / 石阡 / 鎮遠 / 松桃
雲南省(17ヶ所)
昆明 / 建水 / 元陽 / 蒙自 / 屏辺 / 河口 / 開遠 / 弥勒 / 麗江 / 景洪 / 勐龍 / 勐海イ / 象明 / 易武 / 巧家 / 魯甸 / 昭通
チベット自治区(0ヶ所)
唯一の未訪問地
西北エリア(30ヶ所)
陝西省(10ヶ所)
西安 / 漢中 / 勉県 / 延安 / 岐山 / 愉林 / 靖辺 / 咸陽 / 綏徳 / 紫陽
寧夏回族自治区(2ヶ所)
銀川 / 中衛
甘粛省(3ヶ所)
蘭州 / 臨夏 / 郎木寺
青海省(5ヶ所)
西寧 / 察爾汗 / 徳令哈 / 貴徳 / 互助
新疆ウイグル自治区(10ヶ所)
鳥魯木斉 / 布爾津 / 克拉瑪依 / 吐魯番 / 哈密 / 和田 / 莎城 / 喀什 / 阿克蘇 / 庫爾勒

【中国訪問実績の集計基準】

  • 行政区画ユニット: 「市区県(県級行政区)」を基本単位として計上。
  • 大都市中心部: 直轄市(北京・上海・重慶)および副省級市の中心区部は、都市名(例:「北京」「広州」)により1地点として一括計上。
  • 地域特性の考慮: 直轄市や副省級市の郊外に所在する区(旧県相当)は、行政区画の変遷(撤県設区)を踏まえ、地理的観点や独立性により計上。
  • 地理的到達地点: 広大な県域におけるへき地(漠河県北極村等)や郷・鎮レベルの地点には、渡航実態に基づき独立した訪問地として定義。
  • 計上漏れの扱い:空き番号又は最後の番号に掲載。

※ 35年間の渡航記録に基づき、地理的価値を重視した多角的な指標を採用。

用語解説:中国の行政区分(省級・地級等)の詳細についてはこちら

中国には上の表のように、日本の「県」に相当する「省」「直轄市」「自治区」があります。その下に、「区」「市」「県」があるなど、理解しづらい部分があります。集計基準からの解説ページへのリンクがありますのでご確認ください。

筆者の独特な中国旅行スタイル

旅のスタイルにもこだわってきました。初期は観光地をまわることを普通にしていましたが、次第に関心が薄れ、人々の生活を見たくなり、路地裏を歩いたり、田舎の町や村まで足を運ぶようになりました。

橋仔頭醋肉
福建省泉州の街角で偶然見つけた現地の人が集まる唐揚屋さん「橋仔頭醋肉」(2019年)

現地では、安宿に泊まり、長距離バスや夜行列車などのローカルな移動手段を使って、自分の手足耳口を駆使して、見て、聞いて、食べて、体験してきました。観光地には必ずしも訪れず、町歩きを中心に何か発見があればと歩いていて、実際にいろいろな発見がありました。

【関連記事】ベテランが伝える!意外と知らない中国旅行の常識と楽しむためのヒント集

35年の経験が裏付ける「圧倒的コストパフォーマンス」の証明

「中国個人旅行は高い」という常識を覆すのが、私の旅のスタイルです。

次の情報は、コロナ後の各渡航における現地滞在費(往復運賃を除く宿泊・食費・移動費等)の実績一覧です。

単に安さを求めるのではなく、現地の人が利用する路線バスや高速鉄道でない一般鉄道(区間や運賃によっては高速鉄道も利用)、現地の人たちが食べる麺類や定食といったローカルフード、そして清潔かつ安全な安宿を厳選し、自分の手足で最適解を見つけ出した結果です。

2023年9月9日間
総滞在費22,744円
1日平均(円)2,527円
1日平均(元)121.8元
訪問先: 北京、江西
2023年12月~2024年1月12日間
総滞在費19,930円
1日平均(円)1,661円
1日平均(元)81.3元
訪問先: 雲南
2024年9月11日間
総滞在費14,574円
1日平均(円)1,325円
1日平均(元)65.2元
訪問先: 江蘇、上海、浙江
2025年12月~2026年1月21日間
総滞在費62,823円
1日平均(円)2,992円
1日平均(元)133.4元
訪問先: 重慶、貴州、湖南、江西、福建、湖北、安徽、北京

※滞在費に往復運賃は含まず。為替レートは当時のものを基準に算出。

物価高や円安が叫ばれる昨今においても、正しい知識と中国語でのコミュニケーション能力があれば、これほどまでに解像度の高い旅を、驚くほど身軽に実現できることを証明しています。

北京や上海といった大都市滞在ですと、物価高や円安でなかなかクリアは難しいのですが、今でもなお、1日100元以内で旅ができるかを実践しているところです。

【関連記事】バックパッカーの魅力と実践 ~中国100元格安旅行30年~

陸マイラーの一面も

記録を確認したところ、1999年からANAやJALを中心に25年間で約90万マイルを使い、特典航空券に交換して45回、中国を往復しました。

ANAマイレージクラブができて、30年近く陸マイラーですが、平均で年1回はマイルで旅行に出かけていました。

1990年終盤以降、燃油サーチャージなど別払の費用を除いて、お金を払って航空券を購入したケースは数回しかありません。

旅先でのモバイルや荷物の軽量化をはじめ、1990年代後半からマイレージ会員となり、47回は貯めたマイルを使って渡航しましたが、ANAの特典航空券に使用したマイル数ですと、90万マイルを使用しました。

ツアーでは体験できないオリジナル旅

振り返ると色々な旅を探求して、模索してきて自分のスタイルをつくってきました。濃い旅で今でも印象に残っているものを紹介します。

  • 折りたたみ自転車を中国までへ飛行機で運んで、夜行列車に載せて、はるか北の端にある観光地前の北極村へ向かってサイクリング。
  • 内蒙古へ廃止直前のSLの雄姿を見に行って夜行の客車列車に乗って、早朝の駅での停車中の蒸気機関車に感慨を覚える。
  • 五丈原や古隆中、赤壁、涿州など、三国志関係の様々な旧跡を巡ったこと。
  • 中国人の友人と黒龍江省や吉林省を巡る。SLを間近で見たり、鴨緑江沿いに路線バスで移動して北朝鮮国境を望んだり。(旅行記あります)
  • 現地集合で中国人旅行者と沈む直前の長江三峡沿岸を歩いた。

WechatPay(微信支付)やAlipay(支付宝)といったキャッシュレス決済で旅先での支払をすべて済ます旅を2024年9月に実現するなど、今時の流行りにも対応して様々な取り組みを行っています。

また、旅企画を幾度かして、ツアーでは見ることができない中国、生の中国を体験してもらったり、旅で使える中国語をボランティアで教えるなど、オンライン(インターネット)やオフライン(対面)で、中国旅や個人旅の楽しさを多くの方へ知ってもらおうと奮闘中です。

旅の楽しさって何?

1.リラックスできる
どんなに忙しくても、出発直前まで荷造りをしていても、毎回、家を出れば、気持ちが軽くなります。眠たい目をこすりながらも、気分が高まっているのが分かります。こういった状態になることが旅のなせる業なのかもしれません。

2. 自由が好きだから
社会人として生きていると会社の方針や上司の指示に沿って仕事をしなければなりませんが、個人旅は、誰の指図も受けることなく、自分がしたいままにプランをして、急に予定を変えたりして、現地で自由気ままに動くことができます。

3. 想定外の展開
予定を立てても必ずしも思いどおりにはならないこと、良い意味で予想が外れたり、現地へ行けばいろいろあるものです。

4. 過程を楽しむ
目的地やテーマをどうするか、移動手段をなるべく安くする方法を考えたり、情報収集をしたり、結構な時間を使っていますが、面倒を厭わないこと自体が楽しいからだと思います。

5. 日本にはないものとの出会い
海南島で、宿を出てすぐのところに早朝6時から飲茶を提供している食堂に入ったり、開店前の朝礼を歩道で行っている姿や婚礼儀式として装飾した高級車が街中を走行する様子を見かけたり、日本にない光景に接することができます。

写真で見る旅の想い出ベスト7

これまで35年間、旅先の中国各地で撮影した写真約6万点の中から、今もなお印象に残っている選りすぐりの写真をスライドショーで紹介します。自動再生しますのでご覧ください。

  • 内蒙古自治区集通線を走る蒸気機関車(2004年9月)
  • 四川省金陽県《土索道》(2013年7月)
  • 徒歩三峡
  • 色達県のチベット寺院宿舎で出会った修行僧たち
  • マッサージ学校生徒とによるの無料マッサージ(2019年9月)
  • 出来立ての北京ダックを食す(2018年1月)

影響を受けた本やメディア

旅のバイブルだった「地球の歩き方」。旅人の協力を得て制作されていました。中国は1日1,000円の予算で中国を旅するというキャッチフレーズを見てロマンを覚えたものです。

1997年には沢木耕太郎の小説「深夜特急」が映像となり放映されました。大沢たかおさんが若い頃に長期間のロケにチャレンジしましたが、ガチのアジアに心の奥底感じるものがありました。

印象に残ったシーンですが、作者を案内して訪れた香港側の展望台から望む深圳の街を見た香港人の複雑な想いの描写があります。コロナ禍の中で文庫版を読破し想いを新たにしました。

旅行記 ~旅のスタイルを反映~

作者の旅行歴やどのようなスタイルで中国旅をしているのか、それらの一端が垣間見られる旅行記を記録として公開しています。ぜひご覧ください!

企画旅の魅力

《ツアーでは経験できない中国旅行》を実現したのが《企画旅》です。大人数では行けない、中国料理を円卓で囲むことができる人数、6~8名で、私が参加者が意外な中国を発見できるように企画した旅のことを指します。

これまで企画旅の実績

これは私がライフワークとしていることで、これまで5回実施しまして、何れも好評をえました。

  • 1回目 広州から世界遺産前の開平と海沿いの漁村へ
  • 2回目 北京とその周辺、無名の長城に登る
  • 3回目 上海の水郷古鎮朱家角と蘇州
  • 4回目 紹興 ~趣のある町~
  • 5回目 陝西省北部 ~中国のグランドキャニオン~ 

企画旅に参加した人に何が起きたか?

企画旅とは、中国や中国人に対するイメージを一新するような旅、新たな気づきがある旅です。

私が個人旅で体験していることを濃縮して経験してもらいつつ、ある程度の人数でないと得られないメリット、ひとり旅では味わえない食事の楽しさも味わえます。

団体ツアーとは異なり、旅の現場で臨機応変に対応するため、待ち時間が生じたり、宿探しや車の手配に手こずったりします。無駄なことこそ旅なのではないでしょうか。

旅のスタイル

元々お金をかけない旅がモットーなので、4日間であれば、宿泊費や長距離移動費を除けば、現地滞在費は2万円あれば大丈夫になるようにしました。

言葉の面は私がいますので心配無用で、中国語が話せる話せないに関わらず参加されました。旅先では交渉ごとが付きものなので、そういった様子を見ることもできたでしょう。

学んだ旅の中国語を実践する場としても活用できます。少し話せるだけでも旅の楽しむことができることを実感できれば嬉しいです。

帰国後も旅の話に花を咲かせて

行く前と帰った後には、交流会や帰国後のお疲れさま会という名目で飲み会をして旅話に花を咲かせました。

企画した私にとっても、ひとり旅では得ることができない貴重な経験ができましたし、参加者の皆さんにとっても、強烈なインパクトがあったと口々に話されておりました。

参加者の声

  • 実際にその旅企画に参加された方も旅の中国語会話の授業に参加されていまして、「ニーハオトイレ」って、皆さんご存じでしょうか? 扉がないトイレで、用を足す姿が丸見えなのです。
  • そういったトイレがあったですよね。と受講者に尋ねたら、「夜明けのタクシー乗車後、町を出る直前にトイレに寄った時は暗かったけどそうだった。」、「あと、洞窟住居のある家にあったトイレもニーハオトイレだった。」と反応がありました。
  • トイレに入るときの中国語会話の際の話題で、私も同じように覚えていましたし、すぐに思い出しました。
  • 滴滴で予約した中国版グランドキャニオンからの帰りのタクシーで、運転手に「町中心部の地元民が行く足裏マッサージ屋の前で降ろして。」と頼んだら、希望した所で下車できました。
  • ひとり旅だとあまり乗らないタクシーですが、人数が多ければ話は違って、効率も良いので、使うときはとことん使います。
  • 入った足裏マッサージ屋で参加者の皆さんにメニューを伝えて、ひとりひとりできるように店の人と交渉するのは私の役割です。その後、地元の人がよく行くすぐ近くの食堂を紹介してもらい、おいしい昼食を食べることができました。

旅の経験を中国語教育へ

35年の旅で積み上げた現地語でのやりとり、交渉、移動、食事といった実体験を、旅行会話に特化した中国語指導という形でアウトプットしています。7年以上にわたり、主に旅行に役立てることを目的とした中国語講座を続けています。

旅歴史30年 ~旅のエピソード集~

1991年に「鑑真号」という船で上海に足を踏み入れて以来、35年にわたり個人で中国を旅して、人民服や自転車の中国からスマホ決済の中国まで、激しい変化を目の当たりにしてきました。旅とともに生きてきました。

思えば長いもので、知っている人は少なくなりましたが、兌換券や駅の外国人窓口が廃止され、友諠商店はただのデパートになりました。

2000年代に入り、短期旅行はビザが不要となったり、紙媒体の鉄道時刻表や折りたたみの地図が売られなくなったり、スマホやキャッシュレスが急速に広がるなど、中国の変化を常に見てきました。

「旅のエピソードを紹介して。」、「印象に残都たことは?」など、話し出したら3日くらい話し続けることができそうなくらいです。そういった中で今でも記憶に残っていることを紹介します。

試行錯誤のグループ旅行(2019年)

2019年9月、コロナ禍前ですが、ツアーでは決して行けない旅企画をして陝西省にある中国版グランドキャニオンへ行きました。中国が初めての方にいきなり古い座席列車や寝台を体験する一方で、「滴滴快車」を使って車をチャーターするなど、スリリングな旅ができました。

ツアーでは決して行けない中国旅を体験!
2019年9月 中国 陝西省南部 紫陽県 マッサージ師訓練校

現地在住の外国人でなければ難しい銀行口座開設や携帯電話のSIMカードを購入したり、滴滴快車を使い車をチャーターしたました。

不安一杯、初めての中国旅(1991年)

私は、三国志のマンガ本を持っていてそういったことから中国語を学び始めたのですが、まだ日が浅い初級レベルの時に、勇気を出して北京語言学院へ短期留学したいと手紙を書きまして、招聘状を入手して、ようやくビザを取得しました。

1991年7月9日火曜日、神戸ポートターミナルから「新鑑真号」に乗って、翌々日11日に上海に初めて上陸。これが中国旅歴史の始まりです。短期留学の間に4回ミニトリップをしました。

1991年当時の上海外灘

上海から北京まで初めて乗った寝台列車で、若い学生からすいかをいただいたとや現地で食べた具入りのクレープ(煎餅)を食べたらお腹を壊したこと、北京空港から市内へ向かう道はまだ暗かったことなど、30年過ぎた今でも覚えているくらいインパクトがあったのが最初の旅でした。

カメラ盗難に遭う(1995年3月)

横浜から新鑑真号に乗り上海へ再び。写真は上海の街並みですが、貴重な一枚です。瀋陽、撫順、丹東、本渓、遼陽、鞍山、営口、大連と主要8都市を旅しました。瀋陽でカメラの盗難に遭ったことを今でも覚えています。

旅につきものの盗難には幾度も遭いました。大みそかに具合を悪くして買った薬を飲んで駅前の安宿で休息したり、現金が無くなる直前でピンチとなったこともあったりするなど、数々の修羅場をくぐり抜けてきました。

三国志旧跡を巡る(1997年9月)

西安空港に迎いに来るはずの旅行会社は来ず、約束は反故にされて出鼻をくじかれました。結局は自力で四川省まで行き、昭化古城、古桟道など、蜀にまつわる旧跡へ向かう。

四川省 昭化古城

友人と中露国境を旅する(2001年5月)

現地で知り合った中国人の友人と吉林省の町で現地で落ち合い、黒龍江省双鴨山へ。夕刻、SLが何両も同時に煙を吐いている姿は圧巻でした。そして、撫遠というロシア国境の小さな町へ。食堂に泊まって夜明けを待っていました。

ウスリー江が間近、ここで一晩を明かす

駅で感じた駅員の親切(2003年4月)

中国青海省へ行った時のことです。塩湖へ行くために、夜の列車で、近くの駅で下車して宿を探しました。

駅舎以外の周りは、暗くて、明かりもほとんどなく、ただただ田舎で、数軒小さな小屋がある程度で、宿がある感じではないことが容易に分かりました。自分ではどうしようもないので、駅舎には人がいることを思い出して、駅員さんを探しました。

「外は寒いので、翌朝まで会議室にいさせてほしい。」と年配の駅員さんにお願いしたところ、「仕方ないなあ。」という体で、何とか朝までの滞在場所を確保することができました。

命拾いした気持ちでした。当時は5月のゴールデンウィークでしたが、小雪がちらつくような寒さで、とても夜明けまで外にいる状況ではなかったのです。

それなのに田舎の小さな駅に下車するなんて無謀だと思われると思いますが、当時を思えばやはり無謀だったと思います。

旅には捨てる神あり、拾う神あり。痛感した出来事でした。見知らぬ人の親切をこれほどありがたいと思ったことはありませんでした。感謝です。

中国最後の客車牽引SL(2004年9月)

集通線(内蒙古自治区集寧~通遼)の夜行列車に乗り、夜明けに駅で撮影したSLの写真です。中国国鉄で旅客を載せてけん引するSLは最後で、間もなく廃止されるというWEBで情報を知って、訪問しました。2004年は7回も中国へ行きました。

SLの雄姿を見るのはこれが最後でした

ローカル外洋船に乗船(2006年12月)

初めての海南島へは、広州から鉄道で海を渡りました。途中、すごくおいしい蒸しパンに出会い、帰りは、ローカル線で広州郊外の港まで船で移動しました。

珍しい外洋船に乗って広州へ

地元住民向け無料朝風呂(2009年8月)

貴州省石阡にある城南温泉です。宿から町はずれの共同浴場まで歩きました。朝風呂は無料で、多くの方が利用されていて、貴重な経験でした。

無料の温泉浴場、早朝から住民でいっぱい

川を跨ぐ土索道って何?(2013年7月)

地図では近くまで拡大しなければ見えないような小さな村、四川省金陽県と金沙河を跨いで結んでいる移動手段が「土索道」です。河には橋が架かっておらず、 檻のような鉄かごに乗って両岸を結んでいます。 ツアーでは絶対に行かない、普通の中国人も行かない場所でした。 「よく渡ったな。」と思いました。

ゴンドラは実際に地元民の交通手段となっていました

9元航空券で帰国(2016年8月)

中国系のLCC、春秋航空のWEBサイトで9元で売っていた航空券を購入して、銀川から帰国。本当に戻ることができました。

本当に9元で日本へ帰れた!

マッサージ師養成学校(2019年9月)

企画旅解散後、ひとりで自由行動したのですが、陝西省南部の小さな町でマッサージ師養成しているという聞いたので無料のマッサージ訓練校を見学したり、無料のマッサージを体験するなど、貴重な機会でした。

新型コロナ禍前最後の旅行です。WEBで調べていたら、毎日1回、無料でマッサージを受けられる場所があるということで突撃しました。アポなしでしたが養成学校の幹部からどのような経緯で学校を運営しているのか聞いたり、学生が実践の場としてる場所で足裏マッサージを体験しました。

マッサージ師養成学校内の様子

中国旅で想うこと

中国個人旅を30年以上続けて、時代の変化を感じ取るだけでなく、旅の楽しみ方も変化してきました。

フレンドリーな人たちに出会ったり、思いもよらない出来事が起こるのは今も昔も変わりません。

海外旅行を楽しむ舞台として中国は絶好の場所だと思います。

旅先ですと、度胸が生じるといいますか、恥をかきすてではありませんが、積極的に話をします。

街角で、地元の人しか行かないような美味しい食事を提供する露店を見つけたときも旅して良かったと思う時です。

徐々に旅のスタイルも変化

最初の頃は、観光地を巡ることが旅の主体で、現地へ行く度に「お勧めの観光地はどこですか?」と尋ねていました。

旅を繰り返していくうちに、観光はついでにする程度にウエイトが下がってしまい、町を歩いて何か発見がないか探訪することが旅の基本パターンとなりました。

町の映画館がオープンして、無料で映画を見ることがあったり、少数民族が食するヨーグルトを食べたり、中国旅行での発見はいろいろありました。

最近では、旅に役立つ中国語を伝えることを通じて、個人旅行がより楽しくなるようにという活動をしていますが、役立つことができるように励んでいます。

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