「中国旅行ドットコム」代表の安田こうじです。WEB上ではペンネーム「旅人@中国旅行一筋30年」(※「30年」は2022年の情報発信活動再開当時の表現を引き継いだものです。)として中国旅行に役立つ情報を発信しており、読者の皆さんからは通称「旅人さん」と呼ばれています。
最終更新日:2026年7月1日
(名前表記&プロフィール写真追加・全面リライト)
プロフィール
| 肩書 | 中国旅行専門家 ・「中国旅行ドットコム」代表 旅行中国語専門家 ・「旅する中国語教室」講師 |
|---|---|
| 専門領域 | 中国への個人旅行の計画から実施までのコンサルタント 旅先での中国人とのコミュニケーション法 旅先で使う通じることを重視した中国語表現 キャッシュレス決済といった中国特有の対処法 など |
| 中国旅行歴 | 35年間(1991年〜2026年)、73回 訪問先320ヶ所、全31省市自治区制覇【詳細は別掲】 |
| 情報発信 | 約20年(1997年に開始し2012年まで継続。休止期間を経て2022年に再開) |
| 特記事項 | VIP中国語通訳経験(6年) 中国人訪日団体VIP受入手配及びアテンド経験(6年) 旅行中国語講師(7年) |
プレスリリース(PR TIMES)
- 【2026年April Dream】 日本人の「中国旅行離れ」を食い止める!言葉とシステムの壁を突破する“サバイバル力”で、誰もが自由に中国を旅できる社会を作ります
- 【渡航歴70回の中国旅のプロが伝授】スマホ決済や事前予約制が壁となる“デジタル中国”を突破するオンラインレッスン「旅する中国語教室」が4月1日より開校
対応可能な依頼事項
現在、個人事業主として独立起業しており、中国旅行専門家として次のような事項に対応することが可能です。記載のない内容に関しても対応可能なことは多々ありますので遠慮なくお問い合わせください。
- 中国旅行に関する記事やコラムの執筆依頼
- メディアによる取材及び番組の出演
- 中国渡航に際して押さえておくべき事項に関する研修
- 中国旅行の楽しさを知ってもらうための一般向けの講演
- 中国渡航前の個別相談
- 旅先で困った場合のリアルタイムでのトラブル対応
取材・講演などの対応形式
オンライン取材や東京都内(貴社オフィスやスタジオ等)での対面取材、撮影に対応可能です。
講演や研修は別途交通費支給があれば場所は問いません。テーマや時間については個別にオンラインで打ち合わせして決めます。
執筆については具体的な企画内容をお伺いをして詰めていきます。
対応可能なテーマ例
- アフターコロナの中国旅行のリアルな現状解説
(実は外国人には未だに開放されていない場所について、外国人宿泊の裏事情、スマホ決済アプリの中国人への浸透度、観光地の予約制など) - ガイドブックには載らない「サバイバル術」
(メニューのないローカル食堂での注文法、複雑な高速鉄道の乗り方、「旅行中国語ひと言+ジェスチャー」のコミュニケーション法など)
素材提供
記事のテーマや企画内容に合わせ、旅先で撮影した写真や具体的なトラブル解決の事例の提供が可能です。詳細については個別にご連絡ください。
信念の先には「現場の一次情報」にあり
中国旅行の根底にあるのは、徹底的な「現場主義」です。ひとりの旅人として、35年の歳月と私費を投じて歩き抜いてきました。
自らの足で稼ぎ、五感で得た情報を届けること。この「一次情報へのこだわり」こそが、私の発信する情報やノウハウの源泉です。
旅先の現場で積み上げた膨大な実体験をベースに、変化の激しい「今の中国」を旅するための現実を綴ります。
中国旅行に関する様々な疑問に対応
個人からの投稿を受け付けていたころの「地球の歩き方」のような、読者との対話を重んじるサイトを目指しています。2023年秋に開始した取り組みですが、これまで質問が400件来ており、メールでのやりとりは1,300通以上、様々な問題の解決をお手伝いしてきました。
35年間の旅行実績35年間の旅行実績
私は1991年から2026年まで、35年間をかけて中国31の全ての各省・直轄市・自治区を踏破しました。
数字で見た筆者の中国旅行歴
次の数字は2026年7月現在の情報です。
- 最初の訪問年~最後の訪問年までの期間 35年間
- 旅行回数 73回
- 訪問済省数 31省市自治区(全省踏破)
- 踏破した訪問先 320ヶ所
- 無料特典航空券利用 48回(ANA 41回、JAL 7回)
- 総利用マイル数 922,750マイル
新聞記者の取材実績との比較
では、前記数字がどれくらいのものなのか、実例を示して具体的に比べてみましょう。
西日本新聞社の坂本信博記者は2020年8月~2023年までの3年間、中国総局長(北京特派員)として、中国駐在中の訪問回数が記されています。「取材」ですので、新聞社の経費で仕事の一環として訪問しているということです。
実際に3年間で、中国本土の全31省・自治区・直轄市のうち、外国人記者の立ち入りが厳しく制限されたチベット自治区を除く30省・自治区・直轄市をすべて訪れ、のべ114都市を踏破して記事を書いた。
「三国志を歩く 中国を知る」著者紹介(2024年11月出版)
一方で、筆者は9割方はプライベートの旅行で有給休暇や祝日、年末年始の休みなどを利用して、自己負担で4日~11日程度の旅行を73回繰り返し、35年かけて、320ヶ所といった数字が積みあがりました。2026年6月には坂本記者未訪問地のチベット自治区も訪問して中国全ての31省・直轄市・自治区の全省制覇を達成しました。訪問地数では2.8倍になります。
省・直轄市・自治区別 延べ訪問数
地図を見ていただきますとイメージできるかと思いますが、中国には31省・直轄市・自治区があります。

国土交通省国土政策局「各国の国土政策の概要」中国
資料:(一財)日本開発構想研究所において、中華人民共和国民生部編「行政区画簡冊」を元に作成
延べ数での計算ですが、訪問した省、直轄市、自治区別の旅行中に訪問先は、省別ですと全省延べ129回の訪問歴です。(香港・マカオは除く)
| エリア | 省名 | 合計 | 1991-2000 | 2001-2010 | 2011-2020 | 2021-2026 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 東北 | 黒龍江 | 3 | - | 2 | 1 | - |
| 吉林 | 4 | 2 | 2 | - | - | |
| 遼寧 | 3 | 1 | 2 | - | - | |
| 華北 | 河北 | 4 | 2 | 1 | 1 | - |
| 天津 | 4 | - | 3 | 1 | - | |
| 北京 | 14 | 2 | 8 | 1 | 3 | |
| 山西 | 2 | - | 1 | 1 | - | |
| 内蒙古 | 4 | 2 | 1 | 1 | - | |
| 河南 | 2 | 1 | 1 | - | - | |
| 山東 | 3 | 1 | 2 | - | - | |
| 華中 | 江蘇 | 10 | 1 | 8 | - | 1 |
| 上海 | 12 | 2 | 8 | 1 | 1 | |
| 浙江 | 3 | - | 1 | 1 | 1 | |
| 安徽 | 2 | - | - | 1 | 1 | |
| 湖北 | 5 | 2 | 2 | - | 1 | |
| 江西 | 3 | - | - | 1 | 2 | |
| 華南 | 湖南 | 5 | 1 | 2 | 1 | 1 |
| 福建 | 5 | - | 2 | 1 | 2 | |
| 広東 | 5 | 1 | 3 | 1 | - | |
| 広西 | 2 | - | 2 | - | - | |
| 海南 | 2 | - | 1 | 1 | - | |
| 西南 | 四川 | 5 | 1 | 2 | 1 | 1 |
| 重慶 | 4 | - | 3 | - | 1 | |
| 貴州 | 2 | - | 1 | - | 1 | |
| 雲南 | 4 | 1 | 1 | 1 | 1 | |
| チベット | 1 | - | - | - | 1 | |
| 西北 | 陝西 | 5 | 2 | 2 | 1 | - |
| 寧夏 | 2 | - | 1 | 1 | - | |
| 甘粛 | 3 | - | 1 | 1 | 1 | |
| 青海 | 1 | - | 1 | - | 1 | |
| 新疆 | 4 | 1 | 1 | 1 | 1 | |
| 合計 | 129 | 23 | 65 | 20 | 21 | |
北京や上海は経由地として度々訪れています。上海は2024年にこぎれいなドミトリーのある安宿や郊外のビジネスホテル的なところに泊まったりするなど、滞在しやすい町です。チベットは個人で行くのにはハードルが高いのですが2026年6月にようやく足を踏み入れることができ、全省コンプリートしました。
年代から見た訪問回数
35年にわたる中国渡航の軌跡を「訪問回数」という指標で振り返ります。2000年代は中国の経済発展の姿を見るために精力的に各地を巡りましたが、2020年代に入り新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による海外渡航制限が3年間に及びました。
年代別訪問回数
| 1990年代 | 15 |
| 2000年代 | 37 |
| 2010年代 | 16 |
| 2020年代 | 5 |
| 合計 | 73 |
制限解除後、ビザ取得が必要でしたが、観光ビザを取得して渡航を再開し、短期滞在はビザ免除になる施策が復活して、コンスタントに渡航できるようになりました。
地図で見た中国 ~訪問地320ヶ所の分布~
これまでの訪問地を白地図におとして、各省・市・自治区のなかでどこを訪れたかが一目で分かるようにして、訪問先の分布が分かるようにしました。

中国訪問先320ヶ所リスト
北京や上海といった大都市はもちろんのこと、各省の中規模の都市、その都市に属する小さい県まで含めて、35年間で中国各地320ヶ所を訪問しました。主要都市の名前や所在地は頭に入っており、現地の人よりも知っているくらいの地理に詳しくなりました。
省別・訪問都市詳細リスト(320ヶ所)
黒龍江省(9ヶ所)
吉林省(10ヶ所)
遼寧省(13ヶ所)
河北省(7ヶ所)
天津市(1ヶ所)
北京市(6ヶ所)
山西省(6ヶ所)
内モンゴル自治区(12ヶ所)
河南省(4ヶ所)
山東省(3ヶ所)
江蘇省(9ヶ所)
上海市(2ヶ所)
浙江省(11ヶ所)
安徽省(15ヶ所)
湖北省(14ヶ所)
江西省(24ヶ所)
湖南省(20ヶ所)
福建省(20ヶ所)
広東省(12ヶ所)
広西壮族自治区(10ヶ所)
海南省(5ヶ所)
四川省(30ヶ所)
重慶市(8ヶ所)
貴州省(6ヶ所)
雲南省(17ヶ所)
チベット自治区(1ヶ所)
陝西省(10ヶ所)
寧夏回族自治区(2ヶ所)
甘粛省(9ヶ所)
青海省(11ヶ所)
新疆ウイグル自治区(12ヶ所)
【中国訪問実績の集計基準】
- 行政区画ユニット: 「市区県(県級行政区)」を基本単位として計上。
- 大都市中心部: 直轄市(北京・上海・天津・重慶)および副省級市の中心区部は、都市名(例:「北京」「広州」)により1地点として一括計上。
- 地域特性の考慮: 直轄市や副省級市の郊外に所在する区(旧県相当)は、行政区画の変遷(撤県設区)を踏まえ、地理的観点や独立性により訪問地として計上。
- 地理的到達地点: 広大な県域におけるへき地(漠河県北極村等)など個別の郷・鎮レベルの地点には、渡航実態に基づき独立した訪問地として定義。
※ 35年間の渡航記録に基づき、地理的価値を重視した多角的な指標を採用。
中国には、日本の「県」に相当する「省」「直轄市」「自治区」があります。その下に、「区」「市」「県」があるなど、仕組みが理解しづらい部分があります。集計基準末尾に解説ページへのリンクがありますので興味のある方はご確認ください。
1997年から続く情報発信への情熱
私の活動の始まりは遡ること1997年。中国旅を始めて7年目のことです。インターネット黎明期から約15年間にわたり、中国旅行に関するノウハウをホームページ形式で情報発信したり、中国旅行者のためのコミュニティ運営を牽引してきました。
一時期のブランクを経て、2022年に再び活動を再開。35年にわたる渡航経験と、20年に及ぶ情報発信のキャリアを掛け合わせ、最新の中国旅を多角的に情報発信しています。
【中国旅行に関する情報発信の歩み】
1991年
中国旅行開始(初渡航から現在まで73回)
1997年〜2012年
WEBサイト「中国旅行連絡網」・「中国旅行情報庫」での情報発信、旅行コミュニティ運営(15年間)~ 黎明期の中国個人旅行情報発信の基盤を構築
2022年〜2026年現在
WEBサイト「中国旅行ドットコム」を開設し、キャッシュレス事情やコロナ後の渡航ノウハウを継続的に発信
WechatPayやアリペイといったキャッシュレス決済方法や空港で一泊する方法など、皆さんの中国旅行に役立つ、コロナ後の最新の中国旅行事情に対応したホットな記事を発信しています。
これまでの旅では、様々な発見や出会い、トラブルなどがあり得られた旅のノウハウはたくさんあります。私の旅自体にその要素が詰め込まれいると言って過言はありません。
筆者の独特な中国旅行スタイル
旅のスタイルにもこだわってきました。初期は観光地をまわることを普通にしていましたが、次第に関心が薄れ、人々の生活を見たくなり、路地裏を歩いたり、田舎の町や村まで足を運ぶようになりました。

現地では、安宿に泊まり、長距離バスや夜行列車などのローカルな移動手段を使って、自分の手足耳口を駆使して、見て、聞いて、食べて、体験してきました。観光地には必ずしも訪れず、町歩きを中心に何か発見があればと歩いていて、実際にいろいろな発見がありました。
【関連記事】ベテランが伝える!意外と知らない中国旅行の常識と楽しむためのヒント集
35年の経験が裏付ける「圧倒的コストパフォーマンス」の証明
「中国個人旅行は高い」という常識を覆すのが、私の旅のスタイルです。
次の情報は、コロナ後の各渡航における現地滞在費(往復運賃を除く宿泊・食費・移動費等)の実績一覧です。
単に安さを求めるのではなく、現地の人が利用する路線バスや高速鉄道でない一般鉄道(区間や運賃によっては高速鉄道も利用)、現地の人たちが食べる麺類や定食といったローカルフード、そして清潔かつ安全な安宿を厳選し、自分の手足で最適解を見つけ出した結果です。
※滞在費に往復運賃は含まず。為替レートは当時のものを基準に算出。
物価高や円安が叫ばれる昨今においても、正しい知識と中国語でのコミュニケーション能力があれば、これほどまでに解像度の高い旅を、驚くほど身軽に実現できることを証明しています。
北京や上海といった大都市滞在ですと、物価高や円安でなかなかクリアは難しいのですが、今でもなお、1日100元以内で旅ができるかを実践しているところです。
【関連記事】バックパッカーの魅力と実践 ~中国100元格安旅行30年~
陸マイラーの一面も
1999年からANAやJALを中心に25年間で約90万マイルを使い、特典航空券に交換して48回、中国を往復しました。
ANAマイレージクラブができてマイレージ会員となり、30年近く陸マイラーですが、平均で年1回はマイルで旅行に出かけていました。
1990年終盤以降、燃油サーチャージなど別払の費用を除いて、お金を払って航空券を購入したケースは数回しかありません。
ツアーでは体験できないオリジナル旅
振り返ると色々な旅を探求して、模索してきて自分のスタイルをつくってきました。濃い旅で今でも印象に残っているものを紹介します。
- 折りたたみ自転車を中国までへ飛行機で運んで、夜行列車に載せて、はるか北の端にある観光地前の北極村へ向かってサイクリング。
- 内蒙古へ廃止直前のSLの雄姿を見に行って夜行の客車列車に乗って、早朝の駅での停車中の蒸気機関車に感慨を覚える。
- 五丈原や古隆中、赤壁、涿州など、三国志関係の様々な旧跡を巡ったこと。
- 中国人の友人と黒龍江省や吉林省を巡る。SLを間近で見たり、鴨緑江沿いに路線バスで移動して北朝鮮国境を望んだり。(旅行記あります)
- 現地集合で中国人旅行者と沈む直前の長江三峡沿岸を歩いた。
WechatPay(微信支付)やAlipay(支付宝)といったキャッシュレス決済で旅先での支払をすべて済ます旅を幾度も実現するなど、今時の流行りにも対応して様々な取り組みを行っています。
また、旅企画を幾度かして、ツアーでは見ることができない中国、生の中国を体験してもらったり、旅で使える中国語をボランティアで教えるなど、オンライン(インターネット)やオフライン(対面)で、中国旅や個人旅の楽しさを多くの方へ知ってもらおうと奮闘中です。
旅の楽しさって何?
1.リラックスできる
どんなに忙しくても、出発直前まで荷造りをしていても、毎回、家を出れば、気持ちが軽くなります。眠たい目をこすりながらも、気分が高まっているのが分かります。こういった状態になることが旅のなせる業なのかもしれません。
2. 自由が好きだから
社会人として生きていると会社の方針や上司の指示に沿って仕事をしなければなりませんが、個人旅は、誰の指図も受けることなく、自分がしたいままにプランをして、急に予定を変えたりして、現地で自由気ままに動くことができます。
3. 想定外の展開
予定を立てても必ずしも思いどおりにはならないこと、良い意味で予想が外れたり、現地へ行けばいろいろあるものです。
4. 過程を楽しむ
目的地やテーマをどうするか、移動手段をなるべく安くする方法を考えたり、情報収集をしたり、結構な時間を使っていますが、面倒を厭わないこと自体が楽しいからだと思います。
5. 日本にはないものとの出会い
海南島で、宿を出てすぐのところに早朝6時から飲茶を提供している食堂に入ったり、開店前の朝礼を歩道で行っている姿や婚礼儀式として装飾した高級車が街中を走行する様子を見かけたり、日本にない光景に接することができます。
写真で見る旅の想い出ベスト7
これまで35年間、旅先の中国各地で撮影した写真約6万点の中から、今もなお印象に残っている選りすぐりの写真をスライドショーで紹介します。自動再生しますのでご覧ください。
影響を受けた本やメディア
旅のバイブルだった「地球の歩き方」。旅人の協力を得て制作されていました。中国は1日1,000円の予算で中国を旅するというキャッチフレーズを見てロマンを覚えたものです。「旅行人」はチベット圏などディープな情報が満載でした。インターネット時代となる前の情報収集先でした。
1997年には沢木耕太郎の小説「深夜特急」が映像となり放映されました。大沢たかおさんが若い頃に長期間のロケにチャレンジしましたが、ガチのアジアに心の奥底感じるものがありました。印象に残ったシーンですが、作者を案内して訪れた香港側の展望台から望む深圳の街を見た香港人の複雑な想いの描写があります。コロナ禍の中で文庫版を読破し、中国旅行への想いを新たにしました。
旅行記 ~旅のスタイルを反映~
作者の旅行歴やどのようなスタイルで中国旅をしているのか、それらの一端が垣間見られる旅行記を記録として公開しています。ぜひご覧ください!
企画旅の魅力
《ツアーでは経験できない中国旅行》を実現したのが《企画旅》です。大人数では行けない、中国料理を円卓で囲むことができる人数、6~8名で、私が参加者が意外な中国を発見できるように企画した旅です。知人からの希望により考えたものです。
これまで企画旅の実績
これは私がライフワークとしていることで、これまで5回実施しまして、何れも好評をえました。
- 1回目 広州から世界遺産前の開平と海沿いの漁村へ
- 2回目 北京とその周辺、無名の長城に登る
- 3回目 上海の水郷古鎮朱家角と蘇州
- 4回目 紹興 ~趣のある町~
- 5回目 陝西省北部 ~中国のグランドキャニオン~
企画旅に参加した人に何が起きたか?
企画旅とは、中国や中国人に対するイメージを一新するような旅、新たな気づきがある旅です。
私が個人旅で体験していることを濃縮して経験してもらいつつ、ある程度の人数でないと得られないメリット、ひとり旅では味わえない食事の楽しさも味わえます。
団体ツアーとは異なり、旅の現場で臨機応変に対応するため、待ち時間が生じたり、宿探しや車の手配に手こずったりします。無駄なことこそ旅なのではないでしょうか。
旅のスタイル
元々お金をかけない旅がモットーなので、4日間であれば、宿泊費や長距離移動費を除けば、現地滞在費は2万円あれば大丈夫になるようにしました。
言葉の面は私がいますので心配無用で、中国語が話せる話せないに関わらず参加されました。旅先では交渉ごとが付きものなので、そういった様子を見ることもできたでしょう。
学んだ旅の中国語を実践する場としても活用できます。少し話せるだけでも旅の楽しむことができることを実感できれば嬉しいです。
帰国後も旅の話に花を咲かせて
行く前と帰った後には、交流会や帰国後のお疲れさま会という名目で飲み会をして旅話に花を咲かせました。
企画した私にとっても、ひとり旅では得ることができない貴重な経験ができましたし、参加者の皆さんにとっても、強烈なインパクトがあったと口々に話されておりました。
参加者の声
- 実際にその旅企画に参加された方も旅の中国語会話の授業に参加されていまして、「ニーハオトイレ」って、皆さんご存じでしょうか? 扉がないトイレで、用を足す姿が丸見えなのです。
- そういったトイレがあったですよね。と受講者に尋ねたら、「夜明けのタクシー乗車後、町を出る直前にトイレに寄った時は暗かったけどそうだった。」、「あと、洞窟住居のある家にあったトイレもニーハオトイレだった。」と反応がありました。
- トイレに入るときの中国語会話の際の話題で、私も同じように覚えていましたし、すぐに思い出しました。
- 滴滴で予約した中国版グランドキャニオンからの帰りのタクシーで、運転手に「町中心部の地元民が行く足裏マッサージ屋の前で降ろして。」と頼んだら、希望した所で下車できました。
- ひとり旅だとあまり乗らないタクシーですが、人数が多ければ話は違って、効率も良いので、使うときはとことん使います。
- 入った足裏マッサージ屋で参加者の皆さんにメニューを伝えて、ひとりひとりできるように店の人と交渉するのは私の役割です。その後、地元の人がよく行くすぐ近くの食堂を紹介してもらい、おいしい昼食を食べることができました。
旅の経験を中国語教育へ
35年の旅で積み上げた現地語でのやりとり、交渉、移動、食事といった実体験を、旅行会話に特化した中国語指導という形でアウトプットしています。7年以上にわたり、主に旅行に役立てることを目的とした中国語講座を続けています。
旅歴史30年 ~旅のエピソード集~
1991年に「鑑真号」という船で上海に足を踏み入れて以来、35年にわたり個人で中国を旅して、人民服や自転車の中国からスマホ決済の中国まで、激しい変化を目の当たりにしてきました。旅とともに生きてきました。
思えば長いもので、知っている人は少なくなりましたが、兌換券や駅の外国人窓口が廃止され、友諠商店はただのデパートになりました。
2000年代に入り、短期旅行はビザが不要となったり、紙媒体の鉄道時刻表や折りたたみの地図が売られなくなったり、スマホやキャッシュレスが急速に広がるなど、中国の変化を常に見てきました。
「旅のエピソードを紹介して。」、「印象に残都たことは?」など、話し出したら3日くらい話し続けることができそうなくらいです。そういった中で今でも記憶に残っていることを紹介します。
不安一杯、初めての中国旅(1991年7月)
私は、三国志のマンガ本を持っていてそういったことから中国語を学び始めたのですが、まだ日が浅い初級レベルの時に、勇気を出して北京語言学院へ短期留学したいと手紙を書きまして、招聘状を入手して、ようやくビザを取得しました。
1991年7月9日火曜日、神戸ポートターミナルから「新鑑真号」に乗って、翌々日11日に上海に初めて上陸。これが中国旅歴史の始まりです。短期留学の間に4回ミニトリップをしました。

上海から北京まで初めて乗った寝台列車で、若い学生からすいかをいただいたとや現地で食べた具入りのクレープ(煎餅)を食べたらお腹を壊したこと、北京空港から市内へ向かう道はまだ暗かったことなど、30年過ぎた今でも覚えているくらいインパクトがあったのが最初の旅でした。
カメラ盗難に遭う(1995年3月)
横浜から新鑑真号に乗り上海へ再び。写真は上海の街並みですが、貴重な一枚です。瀋陽、撫順、丹東、本渓、遼陽、鞍山、営口、大連と主要8都市を旅しました。瀋陽でカメラの盗難に遭ったことを今でも覚えています。
旅につきものの盗難には幾度も遭いました。大みそかに具合を悪くして買った薬を飲んで駅前の安宿で休息したり、現金が無くなる直前でピンチとなったこともあったりするなど、数々の修羅場をくぐり抜けてきました。
三国志旧跡を巡る(1997年9月)
西安空港に迎いに来るはずの旅行会社は来ず、約束は反故にされて出鼻をくじかれました。結局は自力で四川省まで行き、昭化古城、古桟道など、蜀にまつわる旧跡へ向かう。

友人と中露国境を旅する(2001年5月)
現地で知り合った中国人の友人と吉林省の町で現地で落ち合い、黒龍江省双鴨山へ。夕刻、SLが何両も同時に煙を吐いている姿は圧巻でした。そして、撫遠というロシア国境の小さな町へ。食堂に泊まって夜明けを待っていました。

駅で感じた駅員の親切(2003年4月)
中国青海省へ行った時のことです。塩湖へ行くために、夜の列車で、近くの駅で下車して宿を探しました。
駅舎以外の周りは、暗くて、明かりもほとんどなく、ただただ田舎で、数軒小さな小屋がある程度で、宿がある感じではないことが容易に分かりました。自分ではどうしようもないので、駅舎には人がいることを思い出して、駅員さんを探しました。
「外は寒いので、翌朝まで会議室にいさせてほしい。」と年配の駅員さんにお願いしたところ、「仕方ないなあ。」という体で、何とか朝までの滞在場所を確保することができました。
命拾いした気持ちでした。当時は5月のゴールデンウィークでしたが、小雪がちらつくような寒さで、とても夜明けまで外にいる状況ではなかったのです。
それなのに田舎の小さな駅に下車するなんて無謀だと思われると思いますが、当時を思えばやはり無謀だったと思います。
旅には捨てる神あり、拾う神あり。痛感した出来事でした。見知らぬ人の親切をこれほどありがたいと思ったことはありませんでした。感謝です。
中国最後の客車牽引SL(2004年9月)
集通線(内蒙古自治区集寧~通遼)の夜行列車に乗り、夜明けに駅で撮影したSLの写真です。中国国鉄で旅客を載せてけん引するSLは最後で、間もなく廃止されるというWEBで情報を知って、訪問しました。2004年は7回も中国へ行きました。

ローカル外洋船に乗船(2006年12月)
初めての海南島へは、広州から鉄道で海を渡りました。船に車両を収納して渡海します。途中、すごくおいしい蒸しパンに出会い、帰りは、ローカル線で広州郊外の港まで船で移動しました。

地元住民向け無料朝風呂(2009年8月)
貴州省石阡にある城南温泉です。宿から町はずれの共同浴場まで歩きました。朝風呂は無料で、多くの地元の方が利用されていて、貴重な経験でした。

川を跨ぐ土索道って何?(2013年7月)
地図では近くまで拡大しなければ見えないような小さな村、四川省金陽県と金沙河を跨いで対岸を結んでいる移動手段が「土索道」です。河には橋が架かっておらず、 檻のような鉄かごに乗って両岸を結んでいます。 ツアーでは絶対に行かない、普通の中国人も行かない場所でした。 「よく渡ったな。」と思いました。

9元航空券で帰国(2016年8月)
中国系のLCC、春秋航空のWEBサイトで9元で売っていた航空券を実際に購入して、寧夏回族自治区の銀川から帰国。1,000円もしない国際線航空券で本当に日本へ戻ることができました。

試行錯誤のグループ旅行(2019年9月)
2019年9月、コロナ禍前ですが、ツアーでは決して行けない旅企画をして陝西省にある中国版グランドキャニオンへ行きました。中国が初めての方にいきなり古い座席列車や寝台を体験する一方で、「滴滴快車」を使って車をチャーターするなど、スリリングな旅ができました。

現地在住の外国人でなければ難しい銀行口座開設や携帯電話のSIMカードを購入したり、滴滴快車を使い車をチャーターしたました。
マッサージ師養成学校(2019年9月)
企画旅解散後、ひとりで自由行動したのですが、陝西省南部の小さな町でマッサージ師養成しているという聞いたので無料のマッサージ訓練校を見学したり、無料のマッサージを体験するなど、貴重な機会でした。
新型コロナ禍前最後の旅行です。WEBで調べていたら、毎日1回、無料でマッサージを受けられる場所があるということで突撃しました。アポなしでしたが養成学校の幹部からどのような経緯で学校を運営しているのか聞いたり、学生が実践の場としてる場所で足裏マッサージを体験しました。

中国旅で想うこと
中国個人旅を30年以上続けて、時代の変化を感じ取るだけでなく、旅の楽しみ方も変化してきました。
フレンドリーな人たちに出会ったり、思いもよらない出来事が起こるのは今も昔も変わりません。
海外旅行を楽しむ舞台として中国は絶好の場所だと思います。
旅先ですと、度胸が生じるといいますか、恥をかきすてではありませんが、積極的に話をします。
街角で、地元の人しか行かないような美味しい食事を提供する露店を見つけたときも旅して良かったと思う時です。
徐々に旅のスタイルも変化
最初の頃は、観光地を巡ることが旅の主体で、現地へ行く度に「お勧めの観光地はどこですか?」と尋ねていました。
旅を繰り返していくうちに、観光はついでにする程度にウエイトが下がってしまい、町を歩いて何か発見がないか探訪することが旅の基本パターンとなりました。
町の映画館がオープンして、無料で映画を見ることがあったり、少数民族が食するヨーグルトを食べたり、中国旅行での発見はいろいろありました。
最近では、旅に役立つ中国語を伝えることを通じて、個人旅行がより楽しくなるようにという活動をしていますが、役立つことができるように励んでいます。
筆者への質問や問合せ
専用のフォームがありますので、バナーからアクセスいただき遠慮なくご連絡ください。中国旅行に関する原稿執筆、講演依頼も承ります。







